■創業期~「そとでる」のはじまり
鬼塚 では、お手元の資料「年表」をご覧ください。 「そとでる」という名前は、2006年にできました。これは、1回目のプロポーザルで運営を指定されたタクシー会社の担当者がつけた名称です。第1回目のプロポーザルでは、私たちは指定されなかったわけです。ところが、指定されたタクシー会社が2年でそとでるの事業を辞めてしまったんです。理由は定かではありませんが、民間企業なのでタクシー会社のイメージで事業展開を進めたのかもしれません。そのなかでさまざまな問題が起こったのでしょう。このタクシー会社が撤退したことにより、私たちがまた挑戦することになりました。
1回目のプロポーザルは非公開でしたが、再挑戦の2回目のプロポーザルは公開方式でした。いくつかの事業者が名乗り出て、私たちは「NPO法人ハンディキャブを走らせる会」として出ました。なぜかと言うと、応募にあたって「契約事業者は法人格を持っていなければならない」という決まりがあったからです。2009年のことです。
吉田 私はそのとき審査する側、鬼塚さんたちは審査される側でした。応募したのは6事業者だったと思います。
審査の際に提出された無記名の文章を拝見しましたが、鬼塚さんたちが書いた文章だということは、すぐにわかりました。その後、面接がありましたが、結局、鬼塚さんたちが書いた文章があまりにも良かったんですよね。
何が良かったのかというと、他社は「配車センター」としての目標、役割を目指していた。だから、「うちはこれだけの実績があります」という話ばかりでした。
ところが鬼塚さんたちだけが、現在の「そとでる」の原型をイメージして書いていた。新しい姿を描いていたんですね。それが良かったのです。
鬼塚 吉田さんが審査員で良かった。しっかり読んでいただけて良かった、と思います。
2009年の第2回のプロポーザルの審査を通り、そとでるの運営を始めて、次の年に「せたがや移動ケア」の準備会を立ち上げました。その会議に浜畑さんたちをお招きしました。
浜畑 私たちが参加したのは、2010年からですね。
鬼塚 はい。羽石さん(前 福祉移動支援センター「そとでる」センター長) が「ケアマネ連絡会」に参加をお願いに伺ったと思います。
そして、ようやく2011年に「NPO法人せたがや移動ケア」を登記しましたが、世田谷区との契約や登録事業者への会員説明は2012年からとなりました。今回「そとでる」10周年記念と銘打っていますが、実ははっきりとしたスタートは決めにくいのです。でも、2012年からの「NPO法人せたがや移動ケア」のそとでる運営開始は大きな区切りとして意味があると思います。そのとき、吉田さんに理事長になっていただいたわけですが、準備会で浜畑さんたち、ケアマネの皆さんからいただいたご意見は貴重なものでした。
その後、介護タクシーの皆さんのさまざまな事情や動き方を吉田さんから教えていただきながら進めていきました。最初は補助券の取り扱いなどで、事業者さんたちからたくさんの苦情と指摘をもらいました。
また、2011年は、東日本大震災が起こりました。当時、私たちは緊急でいろいろな物資を「そとでる」事務所に集めて、現地へ向かった記憶があります。
泉谷 スタッフたちは、移動支援や福祉の業界をまったく知らずに入った人ばかりでしたので、多くのご指導をいただきました。配車の際も事業者さんから、ご利用者のお宅の階段の様子や間取り、ストレッチャーの有無などで質問やご注意をいただくことが多かったです。 たとえば、補助券の利用では、まず「迎車」を押すか・押さないかで料金自体が変わっていく…ということで、事業者さんたちからいろいろなご意見をいただいたことがありました。その後、区役所の方と話し合って取り決めを行っていただきましたが、最初は大変でした。
吉田 迎車料金はいただいているところ・いただかないところ…と事業者が分かれていたので、問題が起きたんですね。そういったことも含めて、「そとでる」としてどうするか。徐々にルールを作っていきましたね。 結局、迎車料金と予約料金をいただくようになりましたが、それでも区外の事業者たちからはいろいろな声を聞きました。そのなかには「世田谷(「そとでる」)は安い料金だから、自分達のところに仕事が来ない。自分たちと同じ料金体系をとって、料金を上げてくれ」という声もありました。
鬼塚 当初は、「そとでる」のやり方を馬鹿にする声もありましたね。事業者のみなさんからいろいろな声を聞かされてきましたが、そとでるでは、スタッフが「相談記録」としてそのような声もなるべく集めました。利用者からの苦情やご意見も記録して蓄積し、その内容を検討してスタッフで共有してきました。そうやって、10年が経ちました。いまでは、新しい事業者のほうが、介護タクシーのやり方を聞いてくるくらいになっています。
吉田 現在の「そとでる」は、ほぼ形が決まっているので揺らぐことはないと思います。
鬼塚 そうですね。だからこそ、次のステップをどうするかということが大切です。
■発展期~「そとでる」の現在
鬼塚 では、現在の「そとでる」について、ご意見をうかがっていきます。まず、泉谷さんからスタッフの状況などを説明してください。
泉谷 設立時から荒木、湯本がおり、その後、泉谷、石黒、水上が続くかたちで10年在籍しています。
その間、スタッフの入れ替わりもありましたが、最初の数年は事務所滞在のスタッフが1人体制で問題ありませんでした。配車が「1か月100件」いくと、「大入り袋を出してください」と冗談を言っていたくらいです。
現在は多い日で「1日30件」くらいになっているので、スタッフも常に2、3人体制で対応しています。
外池 この10年で認知度が高まったこともあり、配車数が増えたということですね。
泉谷 そうだと思います。最近の傾向ですが、新型コロナワクチン接種の実施があり、さらに「そとでる」の存在が広まったように感じています。
浜畑 ワクチン接種のためのタクシー券が出ているからですか?
泉谷 はい。そのタクシー券のご利用を通じて、今までそとでるをご存知なかった方も「こういうところがあったのか」と気づかれたと思います。それで、ご利用者さんが増えました。
鬼塚 今年はワクチン接種の送迎依頼もあり、「1か月400件」の配車という月もありました。 それからそとでるの大きな特徴として、配車を依頼してくるご利用者の半分くらいが、初めて介護タクシーを頼む人なんです。1か月に約80名から100名の新規のご利用者から配車の依頼がありますが、リピーターの依頼と違って、新規利用者は、まったく情報がない。つまり、初めてご利用いただく際には、利用者に関する情報の聞き取りの手間がかかるうえ、自宅前の段差や利用者のお身体の様子は、実際の現場に行ってみないとわからないことが多く、リスクを背負った配車依頼になっています。そとでるから依頼した事業者さんは現場対応で良くやってくれていると思います。
浜畑 登録データがどんどん増えていっても、亡くなられる方がいらっしゃると思います。その方々を後追いはできませんよね。
鬼塚 利用者から連絡を貰う必要があり、亡くなった方の後追いは難しいです。また、リピーターということで言えば、2回目をご利用いただく方は初回に乗車したNPO や介護タクシーの事業者さんに直接お願いしていらっしゃる。ですからそとでるは、「最初の窓口を担っている」と役割だと思います。
浜畑さんはそとでるを見ていて、どんなところと思われますか?
浜畑 ケアマネから見たら、「移動といえば、そとでる」という感じです。ご利用者さんに「介護度3以上になるとタクシー券を使えます」と説明をする際は、「そとでるさんに電話してください」と話しています。
ご利用者様のお話をうかがっていると、最初に来てくださった事業者さんが名刺を置いて行くので「2回目からはその事業者さんに頼んでいます」とおっしゃっています。たしかに、そとでるのリピーターにはなられていないようです。
鬼塚 それで良いと思います。
浜畑 いいなと思うのは、気に入った事業者さんから「仕事がいっぱいで、今回は無理です」と言われた場合。その事業者さんが横のつながりで他の事業者さんを紹介してくれたり、「そとでるさんにお電話すれば安心」という流れがあることですね。
泉谷 当初はケアマネさんにそとでるを知っていただくために、ケアマネさんをお招きしてご利用の仕方などの「勉強会」を開いたこともありました。お話を聞いて、ありがたいです。

浜畑 たしかに最初はそとでるを知らないケアマネもいたけれど、少しずつ知識を得ていきました。また、知名度も上がって今は「移動が必要なら、そとでるさんに連絡してください」となっています。
だって、こちらで調整するのって大変なんですよ。そとでるができたというのは、本当にありがたいことです。
具体的な話で言いますと、昔は通院すると帰りの時間がわからないから配車予約ができなかった。前もって行く日は予約できるけど、帰りは予約できなかった。
でも、今は「受診が終わって会計に行く前に電話してください。終わったあと、30分後くらいに迎えに来てくださいますよ」とご利用者様に言えるようになったし、「何かあれば、そとでるさんにお願いしてください」と話しています。これはすごく大きいことです。
鬼塚 だから「緊急」((当日配車のこと)が多いんですね。
吉田 病院は何時に終わるか、わからないですものね。
泉谷 「緊急」については、帰りの運転手さんをキープしていて、その方が駄目な場合は他の方を回していただくように対応しています。
鬼塚 先ほど、そとでるの特徴について、「初めてのご利用者が多い」と話しましたが、もう一つあります。それは、NPO と介護タクシーの両方が加盟しているということです。
具体的に、スタッフがどんな風に両者を使い分けているか説明してください。
泉谷 たとえば通院・リハビリなどで通われている方のように定期的に利用されている場合、一事業者さんにお願いするのは料金のことなどからに難しいと思います。そのような場合は、NPOさんを優先してご紹介するようにしていますし、1団体で難しい場合は「月・金はAさん、火・木はBさん」というように団体を組み合わせています。 また「特に介助などなく、どうしても安くしてほしい」というご要望があった場合も、NPO さんをご紹介することがあります。
それから、NPOさんは予約・迎車料がないので、ご利用者さんに「補助券のある・なし」、「介助のある・なし」を確認して使い分けています。
鬼塚 一般的に、「NPOの料金は、介護タクシーの概ね半額」と言われていますね。
隅 うちの場合、「10 km まで一律1,000円」ですから、近距離はタクシーで行ったほうが安くなりますよね。しかし長距離の場合は、ご利用者さんからすると「お安くなる」ということになります。
浜畑 ちなみに夜間は営業していませんか? また、ご利用者様ではなく、私たちケアマネが依頼しても距離で金額を出していただけるのでしょうか?
というのも、夕方18時半にタクシーに乗って青梅まで行くという方がいらしたのですが、なんと片道27,000円もかかりました。もちろん、夜間ということもありましたが…。
鬼塚 それは大変でしたね。NPOはシニアが関わっている場合が多いので、夜間はなかなか難しいかもしれませんが、対応できる団体もあると思います。もちろん、ケアマネさんのご依頼も大丈夫です。
隅 たしかに、「介護タクシーの時は○○○○円ぐらい払っていたけど、こちらは安いですねぇ」とおっしゃる方もいます。逆に近くをご利用の場合は、クレームにつながるときもあります。
鬼塚 すごく近い場所だと、介護タクシーさんもなかなか「行きます」と手を挙げてくれない場合もありますが。
吉田さん、何かありますか?
吉田 私は、スタッフの方たちがよくやってくださっているなと思っています。ここまで細やかなところに目が行き届いていたら、他の事業者が入る余地はないと思います。
鬼塚 浜畑さんの話をうかがって、信用していただいていると感じました。が、昔は「そとでるに頼んだら、どんな事業者が来るかわからないから怖い」という声も聞きました。今はそういう不安もなく、頼めるならば頼みたいということですね。それは「使い方がわかってきたこと」と、「実際に利用してみてトラブルが起きない」ということからでしょうか。
外池 私が理事として担当していることに「研修会」があるのですが、要はドライバー側の力量の問題だと思うんです。
具体的には、研修でリピーターを獲得するだけの技量や、運転マナー・人に対するマナーを学んでいただく。ドライバーの育成をより進めていきたいと思っていますし、それがトラブル回避につながると思います。
実際には、研修会を実施しても参加者の方の顔ぶれが同じというのはありますし、事業者が登録しているうち10%ぐらいの方しか参加していない現状です。まずは、研修の参加者を増やす方策を考えなくてはいけないと思っています。
浜畑 最近、女性ドライバーも増えていますね。たまたまだったのかもしれませんが、こういう事例がありました。 私が担当している方が、「介護タクシーでお墓参りに行きたい」とご依頼してきた。それでそとでるに電話したのですが、その日は女性ドライバーがいらして、まずホテルまで行くことになりました。
ご利用者様は歩行器、在宅酸素をつけている方ですが、その様子を見ていればどのように対処したら良いかわかりますよね。
ドライバーさんは事前にホテルと連絡を取り、ナビも利用していたそうですが、にもかかわらず、当日、とんでもないところに降ろされたらしいのです。在宅酸素をつけているような方が、遠いところで降ろされて、ホテルのホールの玄関までご自分で歩くのは大変です。あとから奥様が「なぜ、連れて行ってくれなかったのかしら…」と話していらっしゃいました。
鬼塚 今のようなお話ですが、どんどんお聞かせください。私たちに「苦情」を入れていただけると大変助かります。
そとでるでは、いただいた苦情をスタッフが記録して、きちんとした書式に整えて担当事業者に渡しています。その用紙を読んで、事業者が初めて気づくというのもあるので、どんどん苦情を出していただけたらと思います。
浜畑 そのドライバーさんはご利用者様に、「(介護タクシーを)始めたばかりです」とおっしゃっていたようです。長年やっていらっしゃると、ピン! ときて対応できるというのもあるでしょうが…。
実際には、なかなか事業者に苦情を言いづらいというのはありますよね。ご利用者様が直接ではなくて、私たちケアマネが代わりにそとでるに苦情を入れてもいいんですか?
鬼塚 はい、お願いします。用紙を事業者に渡すと、何かしら事業者が言い訳をしてくる場合もあります。でも、それも大事なんです。私たちは、苦情やご相談を振り返る研究会を隔月でやっています。その場で、そこに至る経緯などを皆で共有し話し合い、その結果を(事業者)本人にも話します。
実は、そのような問題はその事業者だけとは限らないかもしれない。そういう意味でも、「苦情」はとても大切なのです。
浜畑 現在、苦情自体はほとんどありませんし、ご利用者さんの身体状況が心配な場合は私も介護タクシーに同乗します。でも今のお話を聞いて良かったです。
また、先ほど外池さんがおっしゃっていた「研修」の話ですが、私たちも同じなんです。これから若い世代がどんどん入ってくると思うし、研修は常にしていかなくてはいけません。でも、いつも参加する人は同じ…というのはありますよね。
■未来~「そとでる」のこれから
鬼塚 では最後に、御園生さんから順番にひとことお願いします。
御園生 これから高齢者がますます増えていくなかで、そとでるの存在は重要だと思います。 それからNPO・介護タクシーともに同じだと思うのですが、先ほどの話で出た「苦情」について。苦情はあったほうがいいですし、いただいた苦情をまとめて、大きな事故が起きないようにフィードバックしていくことが重要だと思っています。
そとでるが、これからますます発展しますよう祈っています。
隅 移動困難者はこれからどんどん増えると思いますが、介護タクシーもどんどん増えると思います。頑張ってください。
外池 今後、移動困難者が増えることが推測されます。私たち、介護タクシー・NPOがうまく移動困難な方々をフォローアップしていくこと。お手伝いしていくことができたら、と思います。
私は介護タクシーの事業者なので、初めて利用する方がそとでるに電話してくださる→そとでるから配車される→初めて介護タクシーに乗ったお客さんにご乗車いただく…という「循環」をもっと広げていきたいし、広げていかなければいけないと思っています。
あとは先ほど話した「研修会」について、スタッフさんたちにもご協力いただきながら進めていきたいと思います。
久米 世田谷のそとでるは、まさに“世田谷モデル”として他区にはないものだと思います。その成り立ち、活動は自慢できるものだと思っています。 私自身は自分の仕事が忙しいこともあり、なかなか、そとでるの依頼を受けられない状況ですが、これからも協力していきたいと思います。よろしくお願いします。
浜畑 今日は参加させていただき、ありがとうございました。先ほど、事務所が狭いとうかがいましたが、女性スタッフが働き続けるには環境も大事です。ぜひ環境を整えて、これからも頑張ってください。
泉谷 振り返ってみると、ご利用者・ケアマネさん・介護タクシー・ NPO の皆さんに助けられ、教えられてきた10年でした。
これからは皆さんから教えていただいたことを活用して、世田谷区内の病院や施設などの“点”をつないでいくように意識したいです。また、私自身はさらに勉強を重ねて、常に地域との連携を考えながら働いていきたいと思っています。
石黒 私は、先輩スタッフの産休代員として入職したのが始まりでした。大病の後で社会復帰に不安があったので、そとでるに感謝しています。また、スタッフたちのワークシェアリング、在宅業務など多様な働き方を10年前から支援してくださっていることも、先ほど久米さんがおっしゃった“世田谷モデル”なのかなぁと感じています。 私が当初からやらせていただいているのは、研修やインタビュー、本日のような座談会をまとめてホームページで発信していくことです。一人でも多くの方にそとでるを知っていただくことを意識した10年でしたが、今日ご参加いただいた皆さんのお話をうかがい、そとでるの認知度が高まったのをありがたく思いました。
これからもスタッフ同士で協力しながら、そとでるの周知・ご理解のために努力していきたいと思います。よろしくお願いいたします。
吉田 スタッフの皆さんは外から見ていて、本当によくやってくださっているなと思います。これからも頑張ってください。 そして、私たちも世田谷でご利用者のために頑張っていきましょう。
■開催:2022年3月30日(水) 18:30─20:00
■於 :世田谷児童相談所1階会議室
*座談会は十分な感染対策(換気、発言時のマスク着用等)のうえ、開催いたしました。
(「座談会」記録・構成:石黒。まとめ:鬼塚、石黒)