■“寄り添う”から“向きあう”へ


 ― ご開業当初はご苦労もあったのではないでしょうか。 

 苦労というほどではないですが、気持ちの変化は生まれました。
介護タクシーの仕事を始めて最初の2年は会員組織の団体に所属していたのですが、そのうち「もっと提案型の仕事をしたい」と思うようになったんです。それで、「組織の中ではなく、個人でやってみよう」と考えて退会しました。当時一緒だった仲間とは今も協力しあっていますが、個人で開業してからはなおのこと、前職の経験とつながる部分が多いと実感しました。
また、番組制作ではまずアシスタントから出発するのですが、映像制作をしていた頃はプロデューサー、ディレクターという役職だったので、いわば制作スタッフたちの“頂点”です。そのため、「人をたばねる」意識を強くもっていました。一方で、スタッフたちをたばねながら、他者への気の使い方を学ぶことも多かったです。
少し天邪鬼な言い方かもしれませんが、私は現在の仕事で「利用者の立場に立って、寄り添う」と声高に言いたくないんです。あえて口にしなくても自然に寄り添っていたい。自然に向きあいたい。そんな気持ちになるのは、長い間、番組制作の世界で瞬間的な気くばりや、相手のことをつかむ経験を重ねてきたからだと思っています。


 ― 瞬間的に気くばりをしたり、相手の状態を把握するのは訓練のたまものという気もしますし、基本的に「人間が好き」でないと難しいように思います。

 「人が好き」「人付き合いが良い」のはもともとの性格かもしれません。それから、初めてお会いした方に対して、「いやな感じを与えない」というのも、テレビ番組の制作現場でつちかったことだと思います。
現在、開業してから丸4年たちますが、開業以来お付き合いいただいている女性のお客さまがいらっしゃいます。実は私のお客さまの7、8割がこうしたリピーターの方なのですが、「感じがいい」というお言葉をいただくと本当にうれしいですし、過去の経験が役立っていると実感しますね。


 ― 特にお仕事をするうえで気になさっていることはありますか?

 絶対にあってはいけないことは、ご予約を承る際にお客様の住所や電話番号を間違えて聞き取ることです。そのためにも、ご利用者さまとの事前の打ち合わせが大事です。時々、世田谷区内のいくつかの事業者さんと協力しあって代行をさせていただくのですが、そういうときは「連携プレー」が大切です。なおのこと、ご住所、電話番号などの正確さが必須になりますね。


 ― 私たちスタッフも気をつけたいと思います。ところで外池さんは、「そとでる」のスタッフによくご助言をくださいますね。それはテレビ番組を通じて、不特定多数の視聴者の反響を受け止めていらしたことと関係ありますか?

 そうですね、さまざまな反響をいただいていたから、気づくことが多いというのはあるかもしれません。クレームをいただくこともありましたが、私は「クレームはマイナスポイントではない」と思っています。クレームから、解決策を見出すこともできるからです。
「そとでる」に関しては、まず、ご利用者、事業者、そして「そとでる」という三者の関係がありますね。そこで、何か問題が起きたとします。最初に関わった人が「自分の何が悪かったのだろう?」と理解するためには、その人が「最初から最後まで担当する」ことが大切だと思います。申し送りを充分に行なったうえで複数のスタッフがシェアすれば、おおよそのことは大丈夫でしょうが、気持ちのうえでは「そのくらいの覚悟で仕事に向きあってほしい」気がします。(※)
あとは、「利用者の側を向いた『そとでる』」であってほしいですね。利用者のデメリットを常に意識してほしいというか…。先ほど「寄り添う」という言葉が嫌いと言いましたが、「寄り添う」ことが前提にある「そとでる」や、私でありたいと思っています。
それは配車業務だけではなく、たとえば、悩みがあってご自分のことを話してくださるご利用者がいらっしゃる。そういうとき、答えはいらないと思うんです。話すことでコミュニケーションが生まれていく…そんな「向きあい方」でしょうか。
(※)現在、「そとでる」のスタッフ構成はセンター長1名、専任スタッフ5名、補助スタッフ2名からなっており、ワークシェアリングのかたちで業務に携わっている。



■積み上げていく”楽しさと難しさに出会って

 ― ところで、転職される際のご家族の反応はいかがでしたか? 

 仕事を辞めることに関して、妻は何も言いませんでした。私が直接作った番組ではないのに、あやまったり、クレーム処理をしたりしていたのを知っていたんだと思います。妻は「あなたのやりたいことがあるなら」という気持ちで、見ていたのではないでしょうか。


 ― 丸4年たって、現在、ご家族は何かおっしゃっていますか? 

 家族は何も言いませんが、私からは「家の風通しを良くしなさい」と、毎日話しています。


 ― 「風通し」は、精神的な意味ですか? 

 いえ、実際の風通しですね。
この仕事をさせていただくようになって、時々感じることがありました。それは、ご利用者さまのお宅にお邪魔したときの「空気」です。室内の風通しなどから、「この方はおからだの具合がお悪いのだ…」と感じることがあって、「家の中の空気は大事だなぁ」と思ったんですよ。それで家族に、「我が家の風通しを良くすること」と言うようになりました。



 ― ナイチンゲールは換気と加温、家屋の健康について記した文章で、窓やドアの開閉の重要性を示していたと思います。外池さんのお話をうかがって、そんなことを思い出しながら、「室内を自由に動くありがたさ」も感じました。 

 そうですね。私の母は年齢のせいで、ものが見づらくなったり、足腰が痛いと言うようになりました。家の中に体調が思わしくない人間がひとりいると、なんとなく家族もブルーになりがちですよね。でも、まずは動ける人間が動いて、少しでも風通しの良い家であるように心がける。そんなことから、家族全員が気持ちの良い毎日を過ごせたらいいなと思っています。


 ― ご家族へのお優しい想いが伝わってきますね。
最後にメッセージをお願いします。

 仕事をするときにいつも思っているのが、「スマートな仕事がしたい」「あかぬけた仕事がしたい」ということです。
それは車内の清潔感や服装などの見た目だけでなく、人との付き合い方・対し方も同じように思います。たとえば利用される方をお迎えにうかがったときに、明らかに自分より年上の業者が出てきたらどう思われるかな…介護されるのを不安に思わないかな…と想像してみる。そういうことまで考えて対処することで、結果的にご利用者さまに私の働く姿勢をご覧いただけたらと思っています。


 ― 外池さんの美意識みたいなものでしょうか。

 美意識と言うほどかっこよくないけれど、ビジョンとしては「70歳になったら仕事を辞める」と決めていますね。それまでは車の運転も好きですし、一生懸命働いて、ご利用者さまから「安心感のある車」「一度乗ったらまた乗りたくなる車」と言われるように励みたいです。「やみつきになる車をめざしたい」というと大げさかな?
あとは、積み重ねていくことの「難しさ・楽しさ」を感じています。以前の仕事では、番組を作る際に予算が1千万円あったとします。そうすると作る側は「600万円で作ろう」と考える。パイを切り崩したかたちで、どの仕事においても、儲けを1円でも多く出そうと考えていました。
でも今は、毎日、毎日が「売上を少しずつ積み上げていく」ことの重みでできている気がするんです。
この年齢になって初めて、1円の重み、積み上げていくことの難しさを知ったというのも恥ずかしいですが、だからこそ楽しいし、新鮮な日々を過ごさせていただいていると感謝しています。

 


 
【インタビューを終えて】
 「うまく言えないけれど、こう言ったほうがピッタリくるかな?」
取材中、何回もおっしゃった外池さん。
言葉の重さ、表現の厳しさをご存じの方ならではの細やかな神経。その細やかさが、現在の日々の業務にも行き渡っているのでしょう。
転職して、“積み重ねていくこと”の楽しさを手にした外池さんの笑顔は、さわやかなチャレンジ精神に満ちていました。
ありがとうございました。

(取材・文・写真:石黒眞貴子)