「そとでる」のスタッフが、日頃お世話になっている方々のもとへうかがって
“いま思っていること”をお聞きする「おじゃまします!」

第1回は、NPOせたがや地域ケア研究会(現:はぁと世田谷)、NPOフジ介護支援センターでのご活躍のほか、せたがや移動ケア副理事などを務めていらっしゃる御園生久義さんをお訪ねしました。


世田谷区砧にある、NPOせたがや地域ケア研究会の事務所を訪問した昼下がり、御園生さんは事務所の外にある花々にやさしく水やりしていました。
私たちに気づくと、「どうぞこちらへ!」。
それではさっそく、おじゃまします。(聞き手:荻原真司)
        
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「“1人の手柄より、団体の手柄”と思っています。たとえば東日本大震災における支援活動においても、1人で無理なことがあったら、みんなで一緒にやればいい。被災地に行ける人・行けない人、お金を出せる人・出せない人。個人としてできないことも、一緒(組織)ならできることがあると思います」

 そとでるスタッフが着席するのを待ちきれない様子で、話し始めた御園生さん。

 そんな日々感じているであろう、“個人としてできないことも、一緒ならできる”を実践するひとつのかたちとして、新たにせたがや地域ケア研究会が2011年4月から申請・スタートしたのが移動支援事業(※)だ。

 NPOの福祉有償移送(国土交通省)と移動支援事業(厚生労働省)は根本が違うように見えるが、根っこは同じ。移動困難で障害手帳をお持ちの方の移動を支援するために、一緒に歩いたり、通院の介助、パチンコ屋に行く。本来、“支援”はそういうものを目指していたのではないか。だが、

 「いつのまにか、福祉有償移送がタクシーの運転と同じようになった気がしてきたんです」

 そう感じることが多くなって、せたがや地域ケア研究会にできることをつきつめたとき、移動支援事業にたどりついた。福祉有償移送は、車両によるドア・トゥー・ドアの有償移送サービスである。そのため、目的地での車両を伴わない移動に関するサービスは含まない。御園生さんは、この「車両を伴わない移動に対するサービス」に、移動支援事業があることに気付かれた。

 移動支援事業は、基本的に障害者自立支援法のなかの地域生活支援事業
の一部である。
移動支援の協定は世田谷区と結ぶが、要件は「ほかのサービスをしていること」。
せたがや地域ケア研究会の場合、介護保険のヘルパー事業を行っていないので、
「基準該当障害福祉サービス事業者」というかたちで世田谷区に障がい者のヘルパー事業の申請をした。
具体的には居宅介護、重度訪問介護、行動援護の訪問系サービスの3つだが、事業所としては介護福祉士と3名以上の訪問介護員(ホームヘルパー2級免許保有者)の勤務が義務づけられている。
 移動支援事業の内容は「日常生活を営むためのもの」であることから、買物の手伝いや冠婚葬祭など多岐にわたる。

「まず、『外に行くっ!』という気持ちが大事。それは人生を“楽しく生きた人間”として過ごしたいという気持ちでもあります。社会がそれを保障するのが、この支援制度の目的です」

 ちなみに移動支援サービス利用者の負担額は、サービスに要した費用の原則1割。
ただし、住民税非課税世帯及び生活保護世帯については、無料になる。また、住民税課税世帯の月額負担上限額については世田谷区長が定めた額とし、介護給付・訓練等給付の利用者負担額と移動支援サービス利用者負担額を合算した額が月額負担上限額を超えない範囲で、利用者は移動支援サービス利用者負担額を支払う。
この場合、介護給付・訓練等給付の利用者負担額を優先して計上することとする。
(世田谷区HPより)

 「障がいをお持ちの方が賢く、移動支援事業を利用するのは素晴らしいこと。けれど逆に、9割負担の事業者はいつも厳しい状況にあるとも言えます。また、福祉有償移送サービスを手掛けているNPOが、“補助金がなくなったら福祉有償移送サービスは身動きできない”というのも本音ですが、そろそろ新しい仕組みが必要なのではないかな?」(※※)

 御園生さんは、中高年層、年金を受給しているような人たちにもっと移動支援事業や福祉有償移送の仕事に携わってほしいと言う。個人の力が社会貢献につながると同時に、多くはないが自らの手で賃金を得続けることが大切なのだから。

「今後、多くの団塊の世代が退職して、生活が厳しくなる人が増えると思われます。生活保護の受給者も増加しているし、国の経済自体が厳しくなっていく。中高年層は年金が少ないと嘆くだけでなく、まずはヘルパー2級の資格を取っていただいて、移動支援事業に関わっていただきたい」

 同時に、福祉有償移送に携わる人には、「道具=車を大切に」という気持ちを常に持っていてほしい。

「“破れ窓理論”をご存じですか? 町や学校で、窓ガラスが1か所でも割れたままだとどうなるか? その町や学校は荒廃するという説です。そのまま放置してはいけない。車も同じで、大事にしないと最後には大きな事故につながることになる。メンテナンス、空気圧に対しての神経や、“安全な運転”は当たり前ですよね」

 もし、せたがや地域ケア研究会のスタッフが大きな事故を起こしたら、事務所を閉鎖する。小さい事故であっても検証して、大きな事故に結びつかないようにしないといけないし、事故を起こしたスタッフには責任をとってもらう。そのぐらいリスクの高い仕事であり、「ご利用者を大切に」という想いと同じぐらい強く「スタッフ、みんなで共同して取り組む」想いと姿勢が必須だ。

「歳を重ねると、共同・協力がだんだん難しくなる。でもそれでは、頑固で孤独な老人になっちゃうでしょ」。
御園生さんがたびたび口にする「みんな」には多くの意味がある。
 
 さて、組織を運営する団体の事務局長として、日々、利用者、スタッフと接する御園生さんだが、せたがや地域ケア研究会を立ち上げる時はどのような状況だったのだろう。

「せたがや地域ケア研究会は約10年前に設立されましたが、以来ずっと介護保険の居宅介護支援事業所を行っています。その前は1人で活動していました」

 自分の車を使って、区役所に申請手続きに行きたい移動困難な方を連れて行く。あるいは、銀行や風呂、ときにはプールに行きたい方の支援をしていたある日、「きちんと取り組みたい」と思って、世田谷区に福祉有償移送の申請を相談した。

「ところが相談に行った窓口で、『新規事業者は受け付けていない』と言われたんです! もちろんあきらめずに勉強して、数年後に申請されましたが」

 粘り強く道を切り拓く御園生さん、お若い頃は鍼灸の仕事に就いていた。

「父親が鍼灸師だったこともあって、僕も鍼灸・マッサージの資格を取りました。高校を卒業後は主に指圧マッサージなどをしていましたが、大塚病院や鬼子母神病院内にある雑司ヶ谷診療所で“医療の基本的なこと”を習いました。その後、中央区の中央医療生活協同組合で働いた際は漢方の処方も学びました」

 鉄砲診療所(湊町)では鍼灸・漢方処方の制度改革について陳情に行ったり、頚腕症候群の若い女性患者たちを多く診ていた。

「雑司ヶ谷にいた頃に診ていた患者さんは、平均年齢70、80歳。ところが今度は労災扱いの若い女性ばかり。僕も若かったから最初は女性を前に手が震えたけれど、そのうちドキドキしなくなって(笑)。そして『診察が本当に必要なのは、歳をとって手足にしびれが来るような年齢の人間ではないか?』と気づいたんです」

 その後、自身で診療所を開業して20年。結婚、子育てを経て、せたがや地域ケア研究会での10年につながった。

「開業していた時は、僕と受付のスタッフだけ。今は介護支援事業だけでも8人体制で働いている。色々ありますけれど、“地域で安心して暮らす”という理念のために、みんなで協力してやりますよ!」 


【解説】
(※)地域生活支援事業『移動支援事業』概要
厚生労働省、障害者自立支援法によって定められた事業で、同法に基づき、都道府県及び市町村が実施すべき事業の一つ。車両を伴わない移動や外出を支援する事業で、地域の特性や利用者の状況に応じて柔軟に実施し、効果が上がること、また、事業の委託や広域連合等、柔軟な形態の実施が推奨されている。
(※※)
現在福祉有償移送サービスで受けている補助金を補間する事業としての、移動支援事業の立ち上げという意味合いもあるのだろうか、地域で福祉を継続する事業体として、頼もしい印象を受けた。((※)(※※)、荻原記)


「おじゃましました!」 訪問後記
 せたがや地域ケア研究会は、地域の生活者が創立された数少ない地域密着型の居宅介護事業所です(現在は、福祉有償移送、移動支援事業も運営しています)。大手企業の介護事業所と異なり、事務所には家族的な雰囲気が満ちています。創設者の方の意向が、スタッフにも反映され、ぬくもりのある事業所として発展されることを祈っています。また、今年度、認可を受けた移動支援事業の動向も期待されるところです。(荻原)


(構成・文・写真:石黒眞貴子)