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── ひとりでも多く、移動でお困りの方に笑顔を!


インタビュー5回目は、そとでる・登録事業者、NPO法人せたがや移動ケア・理事長の
吉田 正さんにお話をうかがいました。





<プロフィール>
吉田 正(よしだ・ただし)

(略歴)芝浦工業大学機械工学科卒業。東京電力(株)定年退職。
          2003年、さくら介護タクシーを開業。

(資格)大型、普通自動車二種免許取得。ホームヘルパー2級。障害者(児)ヘルパー2級

(趣味)海釣り

(信条)優しさと、思いやり



再出発と家族の心配


 ― 現在、さくら介護タクシーは車6台を保有していらっしゃいますが、スタッフは何名ですか?

 私を入れると7名です。当初は私がすべて担当していましたが、現在は家内が事務を担当しています。



― 現在の仕事を始められたきっかけは?

 勤めていた会社を定年退職してから1年間家にいましたが、ジッとしていられないのが私の性分で。「何かやることはないかなぁ?」と思うようになりました。
ちょうどその頃、新聞を読んでいて介護タクシーの説明会の広告を見つけました。それで「これだ!」と、説明を聞きに行きました。


 ― 退職前は車と関係ない仕事でしたか?

 免許をとったのは高校生のときでしたが、車と関係のない仕事でした。私が介護タクシーの説明会に行くと知って家内が反対したので、「介護タクシーは普通のタクシーと違って流しもしないし、お客さまからの予約だけなんだよ」と言ったら「それならいい」ということになりました。
まず運輸局へ申請書を出して、約2か月後に法令試験を受けました。当時は試験に合格して、合格証をもらってから車を発注、実際に営業を始めるまで約10か月かかったと思います。タクシーのように屋根の上に特別なマークをつけたり、「空車・迎車」という印をつけなくてはいけなかったのですが、現在使っている1号車がそのときの記念すべき車です。私が合格した1年後から関東圏内は試験もなくなったので、現在は書類が整っていれば許可するかたちですね。


 ― 書類提出の手続きも現在と比べると大変でしたか?

 提出した時点で試験日が決まり、関東運輸局まで試験を受けに行きます。そこで合格しないと許可書が出ません。また申請時に資本金が必要で、銀行に預けて車が実際に稼働するまで、その口座のお金を使ってはいけないんです。現在も個人タクシーは同様の手順をふむと思います。当時と今を比較すると、限定タクシーは開業しやすくなったというのが実感です。



■大きなチャンスに恵まれて

 ― おひとりで始められたとのことですが、ヘルパー2級の資格をお持ちでいらっしゃいますね。
はじめに資格を取得しようと思ったのですか?

 いえ。私の場合は、まず「動きたい」という気持ちが先でした。定年後ですから、「何かをやってお金をもらえる」という年齢ではない。だからこそ、「なんでもいいから動ければいい」と思って始めました。
実は、この仕事を始めてまもない頃、“忘れられない出来事”があったんです。
ある日、介護タクシーを始めて2人目のお客さまを、ご自宅からある施設にお送りしました。そのとき、ある男性から「ちょっと名刺をもらえない?」と声をかけられたのです。
そのとき名刺を渡したのが、施設の事務長でした。その後電話がかかってきて、「介護タクシーについて話を聞かせてほしい」と言われました。そしてその翌日、「うちを手伝ってくれないか」ということでした。


 ― 急な展開ですね! その方とお会いになるのは2度目だったのですよね。

 はい。「デイサービスを手伝ってもらえないか」という依頼でしたが、当時はデイサービスに介護タクシーを使う例がなかったんですね。お話しするうちに、事務長が東京都の介護保険の担当者に会いに行ったことを知りました。都の担当者から「こういう条件で、こういうことをやったらいいですよ」とご指導をいただき、そのうえで私に声をかけてくださったんです。
そのような経緯をうかがって、私は詳しい知識を得るために「ヘルパーの資格をとらなくてはいけない」と真剣に思いました。
それから夜間の学校に通って、3か月目に資格をとりました。まわりは若い人ばかりで、“おじさん呼ばわり”だったのが懐かしいです(笑)。
事務長からは「吉田さんが『もう、できないよ』とギブアップするまでやっていただきます」と言われています。


 ― 現在も吉田さんが担当していらっしゃいますか?

 朝晩は、さくら介護タクシーのスタッフに行ってもらい、それ以外の時間は私が行くようにしています。基本的に施設がくださるシフト表にあわせて動きますが、給料が安定するので、ありがたいです。



■地元のために走りたい

 ― 吉田さんのなかで、“経営者”という意識は大きいですか?

 経営者の感覚はないですね。うちは会社組織ではなく個人にしていますが、理由は私自身、「いつやめてもいい」という気持ちが強いからです。「吉田さんがやめたらもうできない」と思っているスタッフには、逆に「この人だったらまかせられる」と信頼の気持ちを伝えて、スタッフ一人ひとりに、車1台ずつを渡す覚悟で働いています。


 ― 信頼関係、絆をもって働いていらっしゃる。スタッフはどのように探されたのですか?

 うちは口コミがほとんどですが、「お金はいくらでもいいから働かせて」と言う方が集まってくださいます。
スタッフを増やしたのは開業後、半年目からでしょうか。1人目の方は噂を聞いていらしたようでした。その頃、依頼をいただいても、1人では対応できない状況だったので、すぐに入っていただいたのです。
実は当時、せたがや介護タクシーの篠山さんに手伝ってもらっていました。あることから私が卒業した高校の後輩だとわかって…。それが篠山さんでした。
それ以来、彼が対応できないときは私が助けて、私ができないときは彼に助けていただくおつきあいです。他には赤堤介護タクシーの久米さんとやりとりしていますが、よくうちのスタッフと車庫に集まって話していますよ。つくづく思いますが、“横のつながり”は大事ですね。


 ― 吉田さんがスタッフに仕事を教える際、何か“ここ!”というものはありますか?

 ご利用される方は、病院に行くときに歩けないから、福祉車両を求める。だからこそ私は、「ドアからドアまで」にこだわって、介助料をいただかないようにしたいです。
たとえば通院の方は「病院へ行けたはいいけれど、帰りはどうしよう?」と考えますね。実際に私たちがそのままお待ちする場合、一般的には待機料金を入れますが、私は入れないんです。また、基本的にオプション料金をいただかない方針で続けてきました。
うちは複数の車を保有しているので、「終わるまで待ってますよ」とか、「一番早く行ける者が対応します」と言えるのも強みですし、待機・オプション料金をとらないことをご存じのお客さまが、「遠くまで行ってください」と長距離をご利用される場合が多いです。それぞれのご事情で、やむを得ず車いすに乗っている方々ですから、なるべく安く料金をおさえたい。なによりタクシー事業は走るのが仕事ですから、「走って稼ぎましょう」が私の考えなんですね。スタッフには教えるというよりも、こういった特長や精神を共有したいと思います。


 ― 昔からお仕事に対して、信念をもって臨まれる方でしたか?

 私は電力会社で料金関係を担当していたのですが、現在の仕事を始めるときに、その人脈を通して老人ホームをご紹介くださるお話をいただいたのです。でも、地元の世田谷や杉並の人たちに乗ってもらいたいという気持ちが強かったので断りました。先ほどは「ジッとしていられない」からこの仕事を始めたように言いましたが、「地元の人のためになりたい」という想いが本当のきっかけかもしれません。
自分でチラシを作って近所の方に配り始めて…。まだ介護タクシーが認知されていない時代ですから、その説明もしなくてはいけませんでした。「地元の方のために、とにかく走る!」が始まりです。

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