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ふたりでつくる「おもてなし」 ─ 未来へつなぐ実践を!


「そとでる 登録事業者インタビュー」12回目は、ケアタクシーみすず台・鷲崎 由美さんにお話をうかがいました。
スタッフ内で “おしどり夫婦”として知られている鷲崎さんご夫婦(文彦さん・由美さん)は、おふたりで介護タクシーのお仕事をされています。




〈プロフィール〉

鷲崎 由美(わしざき・ゆみ)


略歴:43歳でヘルパー2級の資格を取得後、福祉の仕事を始める。
         2005(平成17)年から患者搬送の仕事を軸に、現在に至る。

資格:患者等搬送乗務員、介護福祉士、精神保健福祉士

趣味:美術館、博物館めぐり

信条:良いことも 悪いことも 長くは続かない




■“サービスを売る時代”を予感して



 ― 
みすず台さんが「そとでる」にご登録の際の提出書類を拝見すると、屋号がありますね。

 はい、「成章堂」と言いますが、昔、主人の実家が新橋ではんこ屋をやっていた頃の屋号です。
現在、お店はなくなりましたが、2004(平成16)年に介護タクシーを開業した際、その屋号を使うことにしました。ですから、正式名称は「有限会社成章堂 ケアタクシーみすず台」になります。


 ― はんこ、ですか? ちょっと書店か印刷業のような感じを受けるお名前です。

 本来、主人の父が継ぐ店だった「成章堂」ですが、サラリーマンでしたので継ぐことはありませんでした。そこで、主人が屋号を引き継いだのです。


 ― 「みすず台」というのは、どちらの地名ですか?

 回覧版を回したりするときに使う地名というか、“あざ名”のようなものですね。町田の正式な住所ではないんですよ。
当初、介護タクシーの仕事を始めるにあたって、ごく狭い地域限定で働くことを考えていたので、地域に密着し、地域を表す「みすず台」とつけました。


 ― 地域密着ということで始められたのですね。本日こちら(八幡山)までお越しいただきましたが、最寄り駅はどちらになりますか?

 小田急線の玉川学園です。先ほどごく狭い地域で働くことをイメージしていたと話しましたが、実はそのことも含めてリサーチ不足で始めてしまったという感が否めないですね。
どの程度の需要があるか、病院の数は? などもですし、私自身が介護タクシーの仕事についてわかっていないところもあったように思います。


 ― と、おっしゃるのは?

 開業にあたってチラシを作ってポスティングをしたのですが、知り合いに渡すと「なんだかとっても難しそうなお仕事ね」と言われて…。そこでやっと、「あれ? この仕事は難しいのかな?」とわかったんです。


 ― 運転、介助技術、ご利用者様とのかかわりなど、本当に大変なお仕事だと思います。
開業前、ご夫婦はどのようなお仕事をされていたのですか?


 はい、新宿の百貨店で働いていました。主人は働きながら、いつからか「ものを売る時代は終わるのではないか?」と考えていたそうです。
そこで思ったのが「サービスを売る仕事がしたい」。
サービス業ということもあったでしょうし、自分の得意なことを活かしつつ、できることは? と考えて、現在の仕事を選んだと思います。
ところが、実際に3年後に仕事を始めると、「サービスを売る」ことも、また大変なことなのだと実感して。サービスは無料だと思っている人が多いですから。
私自身は、結婚前はOLでしたが、結婚後はずっと主婦でした。ただ2000(平成9)年に介護保険法がスタートして、なんとなく時代の気配みたいなものを感じていたので、ホームヘルパー2級の資格を取り 在宅ヘルパーの仕事を始めてみました。



 ― それから、ご夫婦がそれぞれに開業へ向けての準備をされたのですね。

 はい。夫は仕事を辞めずに働きながら、ヘルパー2級の資格と普通自動車第二種免許を取りました。
私も二種免許を取りましたが、24歳で免許を取ったときに「これで最後」と思った記憶がありますから、「人生ってわからないものだなぁ」と思います。



 ― 資格取得と同時に、開業に向けてのお話し合いも重ねられたと思いますが?

 スムーズに開業するには、どこかの団体に所属して開業するのが良いと思いましたが、それなりにお金がかかりますよね?
「お金をかけるなら、自己投資がしたい!」ということでもないですが、夫婦で介護福祉士の資格取得を、取れるなら取ってみようと始めました。まぁ、何かの“保険”になるかと思ったのです。



 ― 介護福祉士は、受験資格が必要だったと思います。
     
  (*現在の公式サイト  「公益社団法人  日本介護福祉士会」 http://www.jaccw.or.jp

 当時は受験資格が特になかったんですね。もちろん実習などはありましたが、まったくの素人が国家資格の受験資格を取得できる時代でした。


 ― どちらで勉強されましたか?

 NHK学園で2年間、ふたりで勉強して取りました。


 ― 
優秀ですね。国家資格をおもちだと、ご利用される方の信用度が変わるのではないですか?

 いえ、ご利用者様にとっては、あまり関係ないと思います。介護福祉士という資格についても、あまり認知度がないのではないかしら? でも、チラシなどに入れれば、安心感みたいなものは多少増すかもしれませんね。
実は、その前、私がヘルパーとして働いていたときのご利用者に歯医者の奥様がいらしてアドバイスをくださったんです。
私が「今度、介護タクシーの仕事を始めます」と話したら「大変よ!」と。ご主人が歯医者をやっていらっしゃったことから、奥様も地域事情にお詳しかったのですね。
その方がおっしゃるには、「このあたりは貯蓄率が高く、お金にシビアな方が多い。富裕層の方でも集まりの場などに、『(大雨でも)タクシーではなく、カッパ着用で徒歩』という方が多数。そのような地域で、介護タクシーの仕事をご理解いただき、利用していただくのは難しいのではないか?」ということでした。
そして、そのときいただいた言葉が「資格を取得して、施設などで勤務しながら兼業することも考えてみたら?」だったのですよ。


 ― ありがたい。親身になって心配してくださったのですね。

 はい。確かに、その後、開業して3年間は、ご利用件数が伸びない時期が続きましたね。
ただ、うちは他にも消防庁の認定を受けているので、主人の“売り”として「消防庁認定」をチラシや名刺に入れたりしました。そのような肩書があると、ご利用者が数多い事業者の中からひとつを選ばれるときの目安になると思うし、実際に「消防庁認定ってなっていたから、安心かもしれないと思いました」とおっしゃっていただいたことも、何度かありました。



■つながり、出逢いがある日々


 ― 現在のお車は何台目ですか?

 いま乗っている車(トヨタ)は2台目です。1台目は、軽自動車で寝台専用のスバルサンバーです。
ただご利用者様に「車いすでお願いします」と言われるとお乗せすることができないし、複数名の付き添いの方をお乗せすることもできなかったので、3年目で増車することにしました。
開業当時、町田に同業の先輩がいらしたんですが、経験豊富で屈強な方で、私たちに仕事のイロハを教えてくださいました。
「これから仕事に行くけど、ついてくるかい?」と声をかけてくれたりして、ずいぶん手伝わせていただきながら、教えていただきました。その方には今でも感謝しています。
その方のおかげで福祉車両の知識も増え、大きな車も欲しいと思うようになりました。幸い、私たちがとても気に入った車を見つけることができて購入したのが、2台目のハイエースです。



 ― お車の歴史が、そのまま開業や人との出逢いにつながっていらっしゃる。
 
 はい。この車を買って、もう8年になりますかね。そうしているうちに、都内で仕事をされている知り合いの方もだんだん増えてきて…。
やはり、都内のほうが病院の数も圧倒的に多いし、ある方から「都内に出て来ませんか?」という提案をいただいたこともあり、私の大田区の実家を「大田営業所」として、駐車場を借りるようにしました。
そこから本格的に稼働するようになっていったと思います。


 ― 由美さんは淡々と、今までの経緯やさまざまな人との出逢いをお話しくださっていますが、やはりベースには落ち着いたご夫婦の関係、バランスがあるからこそと感じます。信頼できるパートナーがいることは素晴らしいですし、ましてご夫婦だなんて。
登録事業者研修会でも、ご夫婦でご参加くださっているお姿を拝見しますし、いつもありがたく思っています。
(写真は、2015年登録事業者研修会光景より)
 
 いえ、私たちも大変だったんですよ。それに研修に関しては、無料で貴重な内容を受講できますので、感謝以外の何ものでもありません。
二種免許を取るのも、介護福祉士の資格を取るのも、ずいぶんと自己投資をしました。そんな苦労もありましたから、ふたりで研修会に参加させていただいています。


 ― ありがとうございます。こちらこそ、どうぞ、これからもご参加ください。
さて、先ほど、二種免許を取ることになった時に、「人生ってわからないものだなぁ」と思ったとおっしゃっていました。実際におひとりで仕事されるとき、どんなふうでしたか?

 地図もろくに読めないし、運転にも自信があるほうではないので…。ですから、ひとりで行くときは練習をしたり、下調べをしたりしていました。それは、今もそうですね。
それから、主人の妹がヘルパーをやっていることもあって、人手が必要な時は手伝ってくれます。


 ― 始められてから今までに、印象に残っている出来事はありますか?

 私ひとりで仕事を始めた頃、まだ慣れていなくて、車をぶつけることがありました。
そんなある日、利用者様の車いすをおろしたところで、鍵を側溝にストン! と落としたんです。


 ― え! 側溝に落ちたら簡単に取れないのでは?

 はい。中をのぞくと鍵が見えるけれど、取れない。そこでまず、利用者様をご自宅にお送りして、そのあと、靴ベラをお借りしました。それでこうやって(動作)、やってみたけど取れない。
そのとき、ご近所の方だと思いますが、様子を見て「少し待って」と、ご帰宅された。
戻ってきたとき、その方の手にあったのは、ビニール傘の骨で作ったフック状の形態の棒でした。


 ― 見ず知らずの方が? 作ってきてくださったのですか?

 はい。それを側溝の中に入れて、鍵を取ってくださって…。あっという間にいなくなっちゃったんです。


 ― 御礼を申し上げる間もなく?

 はい(笑)。あとから主人に、「今日、仙人に会ったのよ」と話したくらい、あっという間の出来事でした。
その傘の骨は、今も車内に置いてあるんですよ。あの人は仙人だったんだと思う。


 ― 消えちゃった(笑)。なんだか不思議なお話ですね。

 そう、その方のお宅もわからない。そもそも、人通りのめったにない道なんです。だから今でも不思議です。
その年は3回くらいぶつけてしまったかもしれません。ともかく、車の高さや大きさに慣れるまでが大変でした。
そのような失敗も含めてふりかえると、二種免許の勉強をしたことがとても良かったと思います。「私は今までいい加減に運転していた」と、つくづく思いましたもの。



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