舞台に立つとわきあがるパワー

スタッフ 「過去や未来にとらわれずに、今を生きる」。仲代さんのパワーを感じるお話でしたが、舞台や映画でのご活躍を拝見していると「どんなふうに鍛えていらっしゃるのだろう?」と気になります。



仲代 やはり、丈夫に産み育ててくれた親に感謝すること。だから戦後も、食うや食わずでどうにか生きることができました。あとは若い頃から肉体訓練してきたのもありますよね。
 僕には戦時中のひもじい体験があるので、「こんなに食わなくても人間は生きていけるんだ」という想いがあります。
 また、映像作品の場合は体重制限があるので、きちんとした衣食住とアスリートのような運動が必要になります。近所にプールがあるので、水中を歩いたりしますよ。
 舞台の仕事では、主役が「病気になりました。今日は休みます」は言えません。たとえば映画の撮影で大けがをすると、撮影をストップしますが、舞台ではその公演を無事に終わらせるためにやり通すことです。そのために、本当にからだを大切にします。
 私には主治医が5人おりますが、喋る商売なので咽喉の先生。歯の先生。総合的に診てくださる先生。耳と目の先生がいらっしゃいます。少しでも「おかしい」と思うと先生を頼って診ていただきますし、喘息もちなので毎日薬を飲んでいます。肺にも少し問題があるので、舞台裏では酸素を吸っているんですよ。
 ところが、一歩、舞台に出ると不思議な力が出て演じることができます。そしてまた舞台裏に戻ると酸素を吸う……。



スタッフ 観客には想像できないほど、舞台裏は壮絶なのですね。



仲代 はい。持病をもっているわけですから、「一病息災」で気をつけています。あと、私は酒が好きなのですが「もう1杯」となりそうなところを控えるとかね。(笑)
 実はあと2本、どうしてもやらなきゃいけない舞台が決まっていて、それが終わると84歳になっています。腰も痛いし、膝も痛いんですが、舞台では踊ったりしてしまうんですよね。



スタッフ はい、『バリモア』のダンスも素晴らしかったです。



仲代 舞台の上だと苦しくないのは、一種の“職業病”かもしれませんね。




想いをこめて─ 次世代の「役者」に向けて


スタッフ 舞台のお話をお聞かせいただきましたが、私は出演された映画の中で『切腹』(1962年・小林 正樹監督)が大好きです。DVDで拝見するたびに、作品が表現している社会の理不尽さや構図を「今」におきかえても変わらないと感じます。むしろ新しい発見もあって、心が震えるのです。
 世代を超えて私のように感じるファンは少なくないと思うので、ぜひ映画にもご出演いただきたいです。



仲代 そうですね。先ほど、新劇には悪しき体制における抵抗があると申しましたが、それは僕にもあります。『切腹』では、理不尽であることを延々とやりますよね。今の社会も理不尽だし、テレビでニュースを見ているとおかしなこと・おかしな人間が増えていると感じます。毎日、そういう現実を見ていると、「今日一日を生きる」「明日のことはわからない」と実感するのです。
 もちろん芸能界にも理不尽なことはいっぱいあるので、だからこそ「無名塾」を始めたのかもしれませんね。月謝をとらず、「少しでも理想を高くもつ役者が、ひとりでも出てくればいい」と願う気持ち。それは「教育」という問題でもなく、「こんなに優秀な俳優が無名塾から出た。どうだ!」という想いなのかもしれません。



スタッフ 「無名塾」を主宰されて40年、若い世代を見続けていらして何か変化は感じられますか? 



仲代 僕自身、この世界で戦いながら生きてきたので、昔はよく怒りました。
 「無名塾」では朝6時から夜9時まで芝居づけにして育てるのですが、「それじゃやっていけないだろう!」なんて、親や学校の先生が言うべきことも言ったりしていましたね。今は僕も、やさしくなりました。

 
 ▲「若きもの 名もなきもの ただひたすら 駆けのぼる ここに青春ありき 人よんで 無名坂」(「無名塾」前)


 この世界の中で、演劇の中で、自分の中で、どうやって「自分自身と戦うか」。
 戦う、つまり「自己主張する」人間は、いい意味でも悪い意味でも「薄く」なったように思います。
 あまりほめられたことではありませんが、昔は「こういう芝居がしたい」と監督や共演者と言い合っていました。共演者から「仲代くんの芝居をこうしてくれないと(芝居が)できないんだ」と言われて、「私も、こうでないとできないんです」と答えてケンカしたりね。
 そんなふうにお互いの個性を出し合って生きていくことや、自分が本当に何をしたいかが薄いような気がします。



スタッフ ご自身にお厳しいからこそ、素晴らしい作品の数々があるのですね。



仲代 僕は、女房のおかげでひじょうに贅沢な生き方ができたと思うんです。
 たとえば、3冊同時にシナリオをいただいたとします。中から1本だけ選ぶとき、ギャラを見ないんです。それで、「これをやる」と選んだ1本がとても安かったりね。ギャラを聞いてしまうとつい欲望で決めてしまいがちですが、女房は家計に関係なく「やりたくないものはやらなくていいんじゃない?」と言ってくれたんですよ。
 その姿勢がひとつの「生きていくうえでのライン」になったところはありますし、それこそが「贅沢」だったと思うのです。まわりからは「ギャラを見ないなんて変わっている」と思われましたが。



スタッフ 本当に素敵な奥様ですね。



仲代 いや、女房の本音はどうだったでしょうかね。(笑)
 「無名塾」は女房と一緒に始めたわけですが、入ってくる若者を見ると礼儀作法、人に対する推察、洞察力を養うのに2年かかります。それから役者としての稽古になるのですが、「自由」と「自己中心」を混同しているような人間にはなってほしくないと思っています。



スタッフ 塾生の皆様への愛情に感じ入ります。最後に、「そとでる」のご利用者様、「そとでる」にメッセージをお願いいたします。



仲代 一日一日を楽しく。そして自分には厳しく。過去のこと・明日のことは考えていませんが、ひと様に迷惑をかけないように……と思います。
 あとは、歳をとると童心にかえっていくような気がしますね。だからこそ「人は、年齢ではありません」とお伝えしたいです。



スタッフ そうですね。楽しい人生を送るために、ニコニコ笑って過ごしていきたいと思いました。
 また、改めて「うるおい」ある生活のために、ご利用者様に観劇など文化にふれる機会をもっていただくようお手伝いしていきたいと思いました。
 本日はお忙しいなか、貴重なお話の数々をありがとうございました。




 


聴き手:「せたがや移動ケア」理事長・吉田 正、「そとでる」スタッフ・石黒 眞貴子
文:石黒 眞貴子
撮影:梶山 淳子
(世田谷区岡本・無名塾にて/2014年12月)



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