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「活かしあい、つなぎあって、夢を紡ぐ」


インタビュー9回目は、「そとでる」登録事業者研修会の講師やスタッフ向け同乗体験などでもご協力いただいているせたがや介護タクシー  /有限会社 ペイフォワードの副主事・平賀 啓一郎さんにお話をうかがいました。



<プロフィール>
平賀 啓一郎(ひらが・けいいちろう)

略歴:
1988年 社会福祉法人 多摩養育園入社
1994年 ジャパン救急サービス入社
2008年 有限会社 ペイフォワード入社
資格:社会福祉主事任用資格取得・消防庁患者搬送乗務員適任証・
ホームヘルパー2級・障害者(児)ホームヘルパー2級・実用マナー検定3級
趣味:家族とのドライブ。早朝のウォーキング
信条:一期一会





■介護職から民間救急へ


 ― 今日はようこそおいでくださいました。この時間帯(17時)はお忙しくなかったですか?

 大丈夫です。私たち「せたがや介護タクシー」は病院(医療相談員)への営業にウエイトを置いていて、特にご利用者の転院に特化したお仕事をメインにさせていただいています。ですから病院が機能している時間に稼働が集中しているんですよ。


 ― そうでしたか。転院に特化している点が「せたがや介護タクシー」さんの大きな強みと思いますが、のちほどお聞かせください。
 ところで前回インタビューさせていただいた久米さん
赤堤介護タクシー  久米 譲二氏 /インタビュー記事とお会いした際に、おふたりのお子さんが同級生とお聞きしたのですが。

 はい、久米さんのご長女と私の次女が保育園のときからのご縁で、松沢小・中学校と一緒でした。


 ― お互いのご家族が知り合いですと、運動会などの学校行事でお父様同士がお話をかわされたりは?

 家が近所ということもあって仲良くさせていただいていましたが、子どもは成長すると部活動なども別になるし、段々関係が離れていきますよね。かえって、父親同士がたまに飲みに行ったり……というのはあります。
実は、彼なしでは篠山さん(せたがや介護タクシー /有限会社ペイフォワード 代表取締役・篠山 洋氏)と知り合わなかったし、今の僕はないと思うんです。



 ― そうだったんですか! では、「せたがや介護タクシー」で働く以前のお話からお聞かせください。

 僕は世田谷区赤堤で育って、松沢小・中学校……と、地元で学びました。
僕には、生まれたときから障がいをもつ4つ年下の弟がいて、重度障がい者です。当然、僕は幼いころから彼を通じて障がいをもっている人たちの世界を見ていました。母が、三宿のつくしんぼ
や、あけぼの学園に弟を連れて行くのを見ていたのもあって、暮らしのなかで障がいは自然なものでしたね。
高校を卒業して、特に「福祉関係の道へ進もう!」と強い意志をもっていたわけではなかったですが、幼いころからの背景や家庭環境があって福祉の専門学校で福祉を学ぶことになりました。
卒業後は、介護職を約6年間経験しました。そして、ちょうど芦花ホーム(世田谷区立特別養護老人ホーム 芦花ホーム
)が開設されることになり、開設準備室が1年前に始まるというころ、**民間救急をよく見かけるようになったんです。20年前の話です。


*つくしんぼ(世田谷区立三宿つくしんぼホーム)、あけぼの学園(重症心身障害児者通園施設)は、「
社会福祉法人全国重症心身障害児(者)を守る会
」により運営委託されている。

**民間救急は「医療系」と「福祉系」にカテゴライズされ、「医療系」の民間救急には救急救命士や看護師などの医療資格保有者が同乗する。また、必要な医療機器、資機器を設置している。


当時、妻も介護職に就いていたのですが、ふたりの間で「民間救急をよく見かけるね」と話題になって。
施設の仕事は一日のほとんどが屋内業務ですから、外気に触れる時間がないんです。僕はもともと車の運転が好きだったので、民間救急を見るようになって「外に出たい。空気に触れたい」と思うようになりました。
そのころは「訪問入浴」が「入浴サービス」と呼ばれていて、制度としての「介護度」もない時代でした。僕の転職先は、寝たきりになられた方に朝便・午後便2回のピストン輸送で「入浴サービス」を行う業務と、民間救急として動く業務の“二足の草鞋”でしたが、14年間在籍しました。
最初は「添乗員」として働いていましたが、「二種免許をとればドライバーになれる!」と頑張りました。また、「高齢化社会」といっても介護保険もスタートしていない時期だったので「未知数」なところにも興味をもちましたね。当時は患者の送迎を救急隊以外が行うのも珍しかったし、看護師が同乗していたり心肺蘇生をカバーしていたこともあって、病院から一目置かれる会社でした。何より時代の流れが激しいからこその「やりがい」を感じていたと思います。


 ― 民間救急の会社では医療に関する研修も多かったのでしょうか?

 「時間が余ると研修」という感じでしたね。救命訓練用の人形も何体かありましたから、スキー場での研修や、プールが始まる季節にプールのインストラクターの人たちと一緒に研修を行なったり勉強になりました。


 ― 14年間で、何か印象に残っていらっしゃることはありますか?

 患者さんに「痛みや苦痛を与えない」ことを心がけていました。今も同じですが、迅速であると同時に、一つひとつの動作をていねいに……と意識しています。



■パートナー・篠山氏との出会い


 ― 転職した1年目から、退職される14年目まで、めまぐるしい時代の変化があったと思います。15年目に介護タクシーの世界にうつられたのは?

 14年の間に制度や技術、そして気持ちが大きく変化しました。社会状況が変わって、仲の良い久米さんやその他の皆さんが介護タクシーの仕事をスタートされるのを見ながら、「僕のキャリアを介護タクシーに活かせるかもしれない」と思ったんですね。ほとんどの方がおひとりで開業されていますが、当時はそこも魅力でした。ただ、自分が開業する前に修業したい想いがあったので久米さんに話したら、「人を探しているところがある」とご紹介いただいた。その方が篠山さんなんです。
当時、篠山さんはひとりで車2台を運行させていましたが、「教わりたくて」働かせていただきました。僕が篠山さんのところで働かせていただくようになって6年たちますから、民間救急とあわせるともう20年です。


 ― 「せたがや介護タクシー」のホームページを拝見すると、「限定介護旅行社」や専門的なサービスが展開されています。民間救急での勤務経験がある平賀さんがスタッフとして加わることで、ストレッチャーによる転院、退院搬送サービスがより大きな柱のひとつになったという側面もありますか?

 僕が篠山さんから「介護タクシーのノウハウを教えていただきたい」と願っていたように、そのとき篠山さんが介護タクシーの世界でやっていきたいと描いていたビジョンと、僕が民間救急で得た多少のノウハウ、経験がマッチしたのではないでしょうか。


 ― ビジョンも含めての、素晴らしいマッチングだったんですね!

 僕にとっては転職のタイミング、篠山さんとの出会い等々、とてもありがたかったです。
前職の民間救急の経営者はアメリカで学ばれた方で、そのノウハウは当時「引く手あまた」でした。東京ばかりでなく、青森や北九州まで仕事がありましたし、関わった患者さんをそのまま救急隊にバトンタッチする緊迫した事態も経験しました。それら過去の経験が、現在の仕事に活きているのがうれしいです。


 ― 具体的に、おふたりはどのように仕事を進めていらっしゃいますか? 強力なスタッフとして、看護師(篠山 みゆき氏)もいらっしゃるとお聞きしていますが。

 カテゴリーとしては、篠山さんがオペレーターで、相手が求めていらっしゃることをアレンジするところから始まります。あとは、「たとえばこういう場合は……」と相談されたときに「では、こうしてみましょう」と僕が答える場合もあります。何より私たちの大きな強みはスタッフのひとりに看護師がいること。ご利用者に“より民間救急に近い”サービスをご提供できます。

(写真は篠山 洋氏、篠山 みゆき氏)       


 ― ホームページ内にある「ケアキャブミッケ!」も、気になります。

 これは篠山さんがつくりあげたシステムで、「介護・福祉タクシー空き情報サイト」(医療相談員と移動サービス事業者とを対象としたB to Bのサービス)です。病院の医療相談員(医療ソーシャルワーカー)がご依頼くださっても、急なご依頼で時間的に調整できなかったり、車の保有台数の問題でお応えできない場合がありました。そこで、同じような方向、医療相談員との良い関係を目指している同業者に登録していただいて、ネットワーク内で24時間、2週間ぐらいの予定を組むようにする。その予定をネット上で医療相談員に把握していただくと、ストレスなくご予約いただけます。


 ― 篠山さんはシステム開発の段階から関わっていらしたんですね。

 システム作りより、「このようなものを作ってほしい」と技術者にイメージを正確に伝えて、こちらの意図をきちんと把握してもらうまでが苦労だったと聞いています。医療相談員の方が病院の窓口として不自由を感じたところから始まったサービスですから、まず、その不自由さを理解していただかないといけなかったのでしょう。
現在「ケアキャブミッケ!」は軌道にのっていて、無理なく予定が組めること、区内・区外に限らず仲間をつくっていけることなど、さまざまなメリットを感じています。


 ― 新しい試みにチャレンジする際、おふたりでかなり話し合われるのですか?

 彼は、常に「考える」姿勢をもっている人です。「このやりかたでずっとやる」ではなく、「これで支障が出たらどう改良していこうか」を考える人。いつも「次は何をしようか」と考えていて、実際にやってみるとあまり意味がなかった……という場合もありますが、ずっとこのようなやり方をしてきたのが、「せたがや介護タクシー」だと思います。



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